STORY 02
未来へつなぐ医療 ~地域とともに歩む継承の物語~
第5章 失われゆく街の診療所
2015年12月、濵田は千葉県佐倉市の西村クリニックの待合室で診察が終わるのを待っていた。師走の肌寒い日、受付時間を過ぎているにもかかわらず、10名近い患者が診察を待っている。
院長の西村禮次郎(74歳)は、神奈川県出身の医師である。慈恵医大を卒業後、30歳で妻の香苗と結婚。38年前、36歳のときに義父からクリニックを継承した。温厚な人柄と丁寧な診察で評判のクリニックだ。
濵田と西村の縁は、7年前に西村が老朽化したクリニックの改修工事を行う際、西村クリニックの顧問税理士の紹介で知り合った。これまでクリニックの改修工事や西村の自宅の修繕工事などの依頼を受けてきた。
待合室の壁には、モネのアルジャントゥイユの橋が飾られている。しかし、この光景も間もなく見納めとなる。この日、西村から「年内でクリニックを閉院することにした」との話を聞くためだった。
西村と香苗の間には3人の子どもがいたが、医師の道を選んだ者はいなかった。1年ほど前から後継者を探していたものの見つからず、体力的な限界も感じ始めていた。「患者さんや職員には申し訳ないが、これ以上は続けられない」という決断だった。
既に患者への告知は行っており、他院への紹介を進めていた。長年通院してきた患者からは惜しむ声が相次いだ。「長い間、先生には本当にお世話になりました」「家族ぐるみでお世話になってきたのに」という声が、連日のように聞かれた。
西村クリニックの閉院は、地域医療の実情を映し出していた。地域に長年根付き、多くの患者から信頼を得ているクリニックでさえ、院長の高齢化と後継者不在により閉院を余儀なくされる現実。新規開業の難しさが指摘される一方で、地域に根付いた診療所が閉院していく状況は、今後地域医療が向き合う大きな課題であると感じた。