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最近、医療とは異業種の株式会社から「医療法人をM&Aで買収してクリニック経営を行いたい。」という問合せが増えております。
医療法人には様々な類型がありますが、ここでは平成19年第5次医療法改正前に設立された、いわゆる出資持分有りの医療法人と、医療法改正後に設立された出資持分無しの医療法人の買収を対象にご説明いたします。
非営利性が求められる医療法人を株式会社が買収できるのか?
まず始めに日本の医療機関は非営利性が求められています。医療機関の非営利性に関しては、医療法第七条6項において「営利を目的として、病院、診療所又は助産所を開設しようとする者に対しては開設許可を与えないことができる。」、医療法第五四条において「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」という2つの条文がその根拠とされています。社会インフラである医療機関には安定した運営が求められるため、【非営利性⇒営利法人たることを否定した法人⇒剰余金は出資者に帰属しない(配当禁止)⇒医療法人の剰余金は安定確保⇒永続可能な法人】という解釈に基づき、昭和25年に医療法人制度が制定されました。
株式会社が医療機関の経営を行うことにより、医療費の高騰やあるいは採算性が合わない地域からの撤退による地域医療の崩壊を招きかねないことなどを理由として医療機関には非営利性が求められてきました。そうした背景のもと、医療機関の非営利性を徹底するために、前述の第5次医療法改正(平成19年)により、新たに出資持分有りの医療法人は設立できないこととなりました。
では医療法人をM&Aにより買収し、経営権を取得するためには具体的にどうすればいいのでしょうか?
M&Aによる医療法人の経営権取得方法=出資持分取得と社員過半数の取得
医療法人の経営権を取得するためには、出資持分の取得(出資持分ありの場合)と医療法人の社員総会における議決権の過半数を取得する必要があります。出資持分の取得とは株式会社でいう株式の取得(出資)と同じ意味合いを持ちますが、株式会社と医療法人で大きく違う点は、株式会社が1株当たり1つの議決権を有するのに対し、医療法人は出資者が必ずしも議決権を有するわけではないという点です。医療法人は最高意思決定機関である社員総会(株式会社の株主総会にあたる)で理事の選任や経営に関する重要決議を行います。社員総会での議決権を得るためには医療法人の社員(株式会社でいう株主)になる必要がありますが、株式会社が保有株式の数に比例して議決権の数が増えるのに対し、医療法人は1社員に対し1議決権となっており、出資と議決権は切り離されています。
株式会社による出資持分取得
次に株式会社による医療法人の出資持分取得についてお伝えします。平成3年1月17日に当時の厚生省より東京弁護士会に対する回答として医療法人の出資持分に関する見解を示しています。この通知では「 株式会社等の営利法人は、医療法人に対する出資者又は寄附者となり得るか?」という質問に対し、当時の厚生省は、
「営利を目的とする商法上の会社は、医療法人に出資することにより社員となることはできないものと解する。すなわち、出資又は寄附によって医療法人に財産を提供する行為は可能であるが、それに伴っての社員としての社員総会における議決権を取得することや役員として医療法人の経営に参画することはできないことになる。 」
という見解を示しています。よって株式会社から医療法人への出資(出資持分の保有)は可能ですが、社員に入社して議決権を取得することはできないということになります。株式会社は社員に入社することはできませんが、株式会社が選任した方を社員として入社させることで間接的に議決権を取得することはできます。しかし上記で述べた通り、医療法人は非営利性が求められているため、あくまで株式会社による出資持分取得は営利目的ではなく、財産を提供するためである点は理解しておく必要があります。
【参照】厚生労働省 医療法人関係疑義照会 平成3年1月17日指第1号『医療法人に対する出資または寄付について』
医療法人の理事長は医師・歯科医師の有資格者から選任
ここまで述べてきた内容により、株式会社が医療法人の出資持分を取得し、社員(議決権)の過半数を取得したら、社員総会にて理事、監事の選任を行い、理事会で理事長の選任を行います。医療法第四十六条の6において「医療法人の理事のうち一人は、理事長とし、医師又は歯科医師である理事のうちから選出する。ただし、都道府県知事の認可を受けた場合は、医師又は歯科医師でない理事のうちから選出することができる。」と規定されているため、理事長は原則として医師もしくは歯科医師の有資格者でなければいけません。加えて管理医師ももちろん医師資格が必要です。前述の医療法第四十六条の6のただし書の部分については、厚生労働省の通知にて『理事長が死亡し、又は重度の傷病により理事長の職務を継続することが不可能となった際に、その子女が、医科又は歯科大学(医学部又は歯学部)在学中か、又は卒業後、臨床研修その他の研修を終えるまでの間、医師又は歯科医師でない配偶者等が理事長に就任しようとするような場合には、行われるものであること。』と規定されているため、こうしたケースでないと医師、歯科医師以外の理事が理事長に就任することは難しいでしょう。
【参照】厚生労働省 医政発0330第26号 (医師以外の理事長就任 記載箇所P2)
出資持分あり医療法人の財産権
次に医療法人の財産権についてお伝えします。出資持分有り医療法人の財産権には、社員退社に伴う出資持分の払い戻し請求権と、医療法人解散に伴う残余財産分配請求権の2つがあります。この2つの財産権については旧法医療法人のモデル定款のなかの第9条と第34条において定められています。平成19年4月以降に設立された出資持分無し医療法人にはこの財産権が認められておりません。ただし株式会社が出資持分を取得する場合、医療法人の社員にはなれないので退社に伴う出資持分の払い戻し請求を行うことはできず、医療法人の解散時でなければ出資持分の残余財産の分配請求ができないので注意が必要です。ただし株式会社が取得した出資持分を将来的にM&Aにより譲渡、売却することは可能です。
【参照】旧法出資持分有り医療法人モデル定款(第9条・第34条)
本題から逸れますが、NPO法人による医療法人の経営権取得についても少し触れておきます。自然人以外の法人は医療法人の社員になれないと思われている方が多いようですがそうではありません。平成28年3月25日に厚生労働省より「医療法人の機関について」という通知が出されています。この通知において「社団たる医療法人の社員には、自然人だけでなく法人(営利を目的とする法人を除く。)もなることができること。」と明記されており、非営利法人であれば医療法人の社員に入社して議決権を持つことが可能です。
【参照】厚生労働省 通知 医政発0325第3号 医療法人への自然人・法人の入社について(記載箇所P4,15段目)
前述のとおりNPO法人は医療法人の社員にはなれますが、医療法人の出資持分保有に関しては制限があります。医療法ではNPO法人の出資持分取得を制限する規定は設けられておりませんが、NPO法人の根拠法になる特定非営利活動推進法第3条において「特定非営利活動法人は、特定の個人又は法人その他の団体の利益を目的として、その事業を行ってはならない。」と規定されております。しかし、そもそも医療法人は非営利法人ですので、医療法人への出資が前述の「他の団体の利益を目的として」に該当するか否かは判断が難しいところです。NPO法人の管轄官庁である内閣府に照会したところ、一概に判断できるものではなく事案ごとの判断になるとの回答でした。同じ非営利法人である医療法人と社会福祉法人は法人社員として入社することができますが出資持分を取得することはできません。
NPO法人が医療法人の社員になれることは既に述べた通りですが、都道府県知事の判断によりNPO法人による医療法人の出資持分保有が認められた場合、当該NPO法人が社員として入社することはできなくなります。その理由は、厚生労働省は「法人社員が持分を持つことは、法人運営の安定性の観点から適当でないこと」との見解を示しているためです。
【参照】厚生労働省 通知 医政発0325第3『法人社員の出資持分保有について』 (P146,別添9社員)
ここまで述べてきた内容をまとめると、
①医療法人には非営利性が求められている
②出資持分と議決権の過半数を取得することで株式会社が医療法人の経営に関与することは可能
③株式会社が医療法人の出資持分を取得することは可能
④株式会社が医療法人の社員になることはできない(株式会社が選任した者が入社し間接的に関与することは可能)
⑤株式会社が取得した出資持分は法人解散時の返還請求もしくはM&Aでの譲渡売却により財産権を行使
医療法人への出資・入社・財産権についてまとめると以下の通りです。
以上により、株式会社が間接的に医療法人の経営に関与することは可能です。しかし経営権の取得と、医療機関の運営は別物です。医療機関は医師を中心とした看護師や技師などのプロ集団により運営されています。医療機関の運営ノウハウがない株式会社が安易な考えで医療機関を買収し、医療経営に参入してもなかなか上手くはいきません。これからの医療機関の経営には、コスト管理や生産性向上という視点は不可欠ですが、医療法人を買収して実務経験が浅い新経営陣が実態に即さない経営方針を示しても現場は混乱し、職員が離職したり、患者数が減ってしまうことも十分起こり得るでしょう。
※本コラムは2020年6月18日に加筆修正いたしました。
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